嵐を呼ばない海つばめ      原則敬称略

真贋を問い疑問に感じた事を口に出したい

三宅坂が消えた

 「代々木」といえば日本共産党、「三宅坂」といえば「日本社会党」の代名詞だった時代があった。

 時代は移りゆき時は流れ、社会党社民党に改称し、国会議員も支持者も、党員も激減した。

 支持者や党員数は勝手な推測だが国会議員の激減は事実だ。

 《社民党が約50年間、党本部を置いていた社会文化会館で27日、「お別れの会」があった。村山富市元首相や保坂展人東京都世田谷区長ら旧社会党からの関係者約150人が集まった。

 村山氏はあいさつで「何とも言えない寂しさを感じる」。所属議員が6人となったことにも「寂しい。本当に申し訳ない」としんみり。ただ、参院選に向け、「社民党が、全然根もないような政党に何で負けるんだ? 歯がゆい」と現執行部にハッパをかけた》=13年2月27日23時1分 アサヒサイト=。

 自身にハッパを掛けろ村山。

 自民党政権打倒を掲げ、庶民の側にいたはずの政党があっと言う間に、しかも、ほとんどの党員に知らせず敵と野合した時崩壊は始まった。

 詳細な動きは「何でも判るWikipedia」で。

 麻雀仲間との繋がりで野合する前にも自ら蒔いたタネや外部からの要因で支持者・党員が離れ、村山富市による「自由民主党新党さきがけと連立した、自社さ政権)である村山政権が発足した。村山首相は、就任直後の国会演説で、安保条約肯定、原発肯定、自衛隊合憲など、旧来の党路線の180度の変更を一方的に宣言した」=Wikipedia=動きが決定的に社会党崩壊へと繋がった。

 政党の基本方針、綱領違反が公然と成された事に嫌気を指した支持者は多かったはずだ。

 戦後から続いた最大野党、今で言うところの二大政党制を潰したのは村山と、常に陰で動いていた小沢一郎という事だ。

 日本の政治に混迷を持ち込んだ元凶を小沢一郎だと思うのはそういう視点からで、だから、アメリカの意図を受けて動いているとしか思えないのが小沢だと結論付けている。

 アメリカ政府部内に情報源を持たないので推測でしかないが。

 さて、何を書きたいか判らなくなってきたので最後に何でも判るWikipediaで気付いた事を。

 仙谷由人松本龍岡崎トミ子、赤松広隆、細川律夫輿石東、大畠章宏、鉢呂吉雄この人達は社会党が再興すると見られた90年の総選挙で初当選した連中だ。

 のちに民主党へ移った人達もいるが、それよりも民主党内での問題児が多いと感じる。

 かつて、新左翼による社会党加盟・潜入作戦が展開され、党内のゴタゴタの遠因にもなった。

 その時の新左翼メンバーが民主党に存在していると言われる。

 彼らが、本来所属している組織の密命を受けているのかどうかも気になるところだが、これから社民党は消滅するのかも気になる。

 そうならないためにはかつての党名に戻し、綱領の立場に戻る事も選択の一つではないだろうか。

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