嵐を呼ばない海つばめ      原則敬称略

真贋を問い疑問に感じた事を口に出したい

下地は自民党の成果

  《小野寺防衛相は16日、自民党本部での会合で、「日本の領海・領空が侵犯され、様々な圧力がかかってくる。東西冷戦のどこかの陣営の手伝いではなく、直接紛争の当事国になるかもしれない。そういう危機感の中で安全保障体制を作っていかなければいけない」と述べた。

 ・・・略・・・

 また、中国の対応について、「(民主党に)政権が代わり、日本のスタンスが少し変わった期間が一時あった。中国が『日本の状況は少し付け入ることができるかな』と、様々なことを仕掛けてきた」との見方を示した》=13年3月16日20時17分 読売新聞=。

 実際に指示が出ていたかどうか我等部外者には知る由もないが中国艦船への接近はしないようにとか、曳光弾発射は中国を刺激するからダメだと言った指示が民主党政権下であったと報じられている。

 尖閣諸島周辺に資源があると判って領土権を主張し始めた時、さらに、竹島を韓国が占領した時に国連で問題にもせず、国際裁判所へ提訴するでもなく、竹島占領状態で1965年6月22日「日韓基本条約」を締結してきたのはどこの政党だったのか。

 そういう日本側の行動が、「『日本の状況は少し付け入ることができるかな』と、様々なことを仕掛けてきた」といえるのでは。

 さて、そういう状況でも「日韓基本条約」を結び様々な名目で金を支払ってきた自民党政権。

 韓国単独の力で「漢江の奇跡」を実現したように宣伝しているが、実はその裏には条約で支払われた日本の金があったのだ。

 新大統領朴槿恵(パク・クネ)は漢江の奇跡を父親が起こしたと自慢しているようだが、その力の源は日本の「金」だったのだ。

 「朝鮮戦争により壊滅的打撃を受け、1人当たりの国民所得は世界最貧国グループであった韓国経済がベトナム戦争参戦と、日韓基本条約を契機とした日本からの経済・技術援助を要因に漢江の奇跡と呼ばれる成長を遂げた」=何でも判るWikipedia=。

 で、その新大統領は就任後、「加害者と被害者という歴史的な立場は千年の歴史が流れても変わらない」と怨みを前面に出した。

 加害者は与えた害を忘れてはいけないが、それが事実だったのかどうかも重要だ。

 これについての「nikkei BPnet」の記事。

 「第2の『漢江の奇跡』」『千年の怨念』を訴える韓国・朴新大統領に不安」=13年03月12日=。

 《3月1日に開かれた「三・一独立運動」記念式典では、「日本政府は積極的な変化と責任ある行動をしなければならない」と演説し、歴史問題で日本に対して強い態度を示している。韓国の大統領は通常、就任してしばらくは「未来志向」で日本と接する姿勢を見せる。朴氏のようにいきなり歴史問題を俎上に載せるのは異例だ。

 さらに同演説で朴氏は「加害者と被害者という歴史的な立場は千年の歴史が流れても変わらない」ということまで述べている。この認識は世界的に見ても異常と言うしかない。

 たとえばドイツとフランスは、加害者と被害者の立場が何回も入れ替わっている。アルザス=ロレーヌ地方(現在はフランス領)は、ある時はドイツ領になり、ある時はフランス領になり、という歴史の繰り返しだった。

 そのような苛烈な歴史を経ても、ドイツとフランスの間で「歴史的な立場は千年の歴史が流れても変わらない」といった認識が存在することはあり得ない。それどころか今は欧州連合(EU)の中核メンバ−を構成しており、最も大切な友好国という位置づけである。それが普通の文明国の歴史感覚だ》とある。

 怨みを持ち続けるのも生き方だが、年月が経てば忘れるのも一つの生き方だ。

 しかも、それが国家の指導者なら、他国への怨みを言い募るのがあり得る姿勢なのかは判るはずだが。

 「亀尾小学校を優等で卒業。大邱師範学校(高木正雄と名乗った)を卒業し、慶北聞慶国民学校で3年間教師をした後、満州国軍の新京軍官学校で学び、同校を首席で卒業する。特に選ばれて日本の陸軍士官学校(57期)に留学。1944年に日本の陸軍士官学校を3位の成績で卒業(57期)し、終戦時は満州国軍中尉」という父親の経歴から「親日派」と指弾されないようにしているのだろうか。

  ※原則的に文中敬称略※

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