嵐を呼ばない海つばめ      原則敬称略

真贋を問い疑問に感じた事を口に出したい

移民より産業興し

 フジテレビ系「とくダネ!」で産業衰退と共に人口減少、40年には7割ほどがいなくなるのではと推定される群馬県の某村が紹介されていた。

 村の中心部にある住居には人が住んでいないシーンが続く。

 リポーターと彼女を案内する村人の口からは、「ここも住んでいないです」の言葉が出る。

 なぜ村の名称を書かないかといえば、それによってここは過疎地で高齢者の村だから盗みがしやすいと思う連中を手助けする事になるからだ。

 番組では堂々と村名を出していたが。

 「田舎へ止まろう」的な番組で何軒かの家を訪問していくと必ず留守の家がある。

 留守だけならいいが、カギを掛けずに外出している。

 住民は自分達の地域は昔からそういう習慣だからそうしているだけだろう。

 しかし、悪人共はそういう「スキ」をすかさず見付けて悪事を働く。

 報道の立場からすれば事実を伝えなければならないが、どこまで事細かに伝えるかの議論はされているのだろうか。

 人口が減少しているのを報じるのなら固有名称は不要だとも思うが。

 さて、ここの問題は「産業」が無いという事だ。

 就労するところがないから都会へ出て行く→高齢者だけが残る→子供が生まれない→人口が減る。

 そこで、この村の対策というのが「保育料無料」、住居の提供といういつものパターンになる。

 それで子供のいる家庭を呼び込もうと画策しているが、産業を興すという発想はない。

 工場誘致も交通の便を考えると効率が悪いからと敬遠される。

 しかし、耕作されていない農地とかを利用する手はあるはずだ。

 人が住んでいない住宅を改修して移住者用にする費用や保育料無料に使われる予算を農業公社設立に使い、そこが地元や村外の人を雇うというのも考えられる。

 どこかの過疎・高齢の村では刺身のツマや料理の飾りに使われる花の栽培で金を稼いでいたが、そのような努力が必要ではないのか。

 まあ、努力をしない私が言うのも何だが。

 司会の小倉が少子化対策をしければと言い、コメンテーターの武田?にどう思うか聞いた。

 彼の答えは「移民」だった。

 産業が無い村だという話は聞いていなかったようだ。

 仕事がないのに移民を受け入れる?、そんな村へ移民が来るのか、私が二十代でも行きたくはない。

 安易に「移民受け入れ」を唱えるのが「進歩的文化人」だという風潮になっているが、ただでさえ仕事がないのにそこへ移民が?、働けるのに働かない連中は別にして働きたい日本人の就職の機会を奪ってどうするのだろう。

 排外主義ではないが、余裕もないのに他者を助けられるのか。

 余裕があっての行為では意味が無いと言われそうだが、余裕がなければ助けられない。

 自分の食べる物を減らしてでも他人に分けるのは、満腹にはならないがそれでも腹に入る量があるからだ。

 飢え死に寸前なのに食べ物を分けられるとすればそれは神だと思うが、神は飢え死にするわけがないから所有物を全て与えてくれるだろう。

 求めよさらば与えられんだ。

 ちなみにこの言葉は、「欲しければ求めなさい、そうしても与えられないから」という意味ではない。

 またまた、ダラダラと書いてしまった。

 まあ、移民より産業興しを考えるべきだと思うし、たびたび書いているように海外移転をする企業資産の収用なんかも必要だろう。

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