嵐を呼ばない海つばめ      原則敬称略

真贋を問い疑問に感じた事を口に出したい

「絶対不変」の大元が嘘?

 そんな話らしい。

 《イスラエル人学者「聖書に書かれている出来事は嘘だった」》というのが2チャンネルに出来ている。

 それによると、「ロシアの声」というラジオ番組のサイトに以下のような記事が載っているようだ。

 《新聞「La Repubblica」の報道によれば「聖書に記述された偉大な出来事の数々は、一度も起こらなかった」。この結論は、イスラエルの 
考古学者らが長年にわたる発掘作業をもとに、たどり着いたものだという。 

例えば、イスラエルの学者らは「イェリホンの壁は、イスラエルの聖職者らが、自分達のラッパの音によって破壊したのではなく、 壁などもともと存在していなかったのだ」と説明している。 

ヘルツォーク教授は「発掘作業の結果、イスラエルの民は一度もエジプトへ行っていないことが明らかになった。砂漠を放浪した事など 一度もなかったし、イスラエルの12部族にあとで土地を渡すため、土地を手にした事もなかった」と伝え、さらに次のように続けた― 

「我々が見つけたものは、ユダヤ人の歴史の中心的出来事のうち何一つとして、証明することができなかった。この革命的観点を、 多くの人々が受け入れるのは難しいと思う》=5月 2 , 21:39 ロシアの声=。

 気になるのは発掘作業の結果得られた証拠が明示されていないことだ。

 それはそれとして、エジプトで奴隷扱いだった「ユダヤ人」の存在はどうなる?。

 その中からエジプト政府高官にまで登り詰めたモーゼとは?。

 その指揮のもと「出エジプト」を企てたエピソードは?。

 「イスラエルの民は一度もエジプトへ行っていない」とすると、あり得なかった出来事をモーゼが起こしたことになる。

 ピラミッド建設に強制的に使役された可哀想なユダヤ人という物語は?。

 自分の地位を高めるために出自を偽ったり他人の功績を自分のものにするというのはよくやられている訳だが。

 宗教の影響を拡大させるために誇大な主張を繰り広げるのは古今東西例外は無い。

 イェリホンの壁というのは一般的には「エリコの壁」と呼ばれる場所らしい。

 そのエピソードというのが、《ヘブライ聖書に書かれているエリコ(イェリコ)の街の城壁である。ウォールズ・オブ・ジェリコ (Walls of Jericho) とも呼ばれる。
 
 モーセの後継者ヨシュアはエリコの街を占領しようとしたが、エリコの人々は城門を堅く閉ざし、誰も出入りすることができなかった。しかし、主の言葉に従い、イスラエルの民が契約の箱を担いで7日間城壁の周りを廻り、角笛を吹くと、その巨大なエリコの城壁が崩れた(『ヨシュア記』6章)》=何でも判るウィキペディア=。

 以前これを知った時には多くの群衆が周囲を足音をたてて周回し、鐘や太鼓を叩いたので古い城壁が「共振」のようなもので崩壊したのだと思い、ユダヤ人は頭がいいのだと思ったものだ。

 それから暫くして、同じように大声を上げ大音量を出す中で、それに紛れて城壁の土台を崩していたのではと思いついた。

 それにしても、それを奇跡の力だとユダヤ人に信じ込ませたりユダヤ教の力を敵に知らしめる手法に感心したのだが。

 城壁は無かった、しかも、その戦いの当時エリコには住民がいなかったのではという説もあったと知ると、ユダヤ人のプロパガンダの凄さには感心するばかりだ。

 さて、ユダヤ教というのは、当時流行っていた各宗教の基本部分を寄せ集めたものだというのは前から言われていた。

 キリスト教イスラム教ユダヤ教から派生したと言われるのもそれが原因だろう。

 キリスト自身はユダヤ人だからその指摘は正しいが。

 話は少し変わるが、日本で自衛隊に「戦闘経験を積ませる」意図で「集団的自衛権」を外国と結ぼうとする動きがある。

 それに対して「九条を守ろう」という動きがあり、憲法改定を図る勢力から「変え続けないのがいいのか」という声が出ていた。

 世の中の状況変化に合わせて法律も変えていく、確かにまともな意見だ。

 では、長い間変わらずにきた「天皇制」も廃止しようという運動があってもいいとは思うのだが。

 旧約聖書とは一見すると無関係な話題だった。

 しかし、旧態依然と言う観点からすると同一だ。

 誰も疑問に思ってこなかったことに疑問を持つのが大切なようだ。

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